「テクノロジーとクリエイティブのちからでマーケティング課題を解決」を掲げ、2014年にGoogleを退社し起業。国内最大規模のブランディング・マーケットプレイス「*Moments by FIVE」やモバイル特化動画ネットワーク「Video Network by FIVE」を運営し、2017年にはLINEからM&Aを受け、スマートフォン動画広告プラットフォーム事業で急成長と遂げているファイブ株式会社代表取締役CEO 菅野 圭介さん。

今回は菅野さんにインタビューを行い、全2回に渡って創業準備のプロセスから起業後の実体験などを紐解いていきます。大手企業・事業会社からの起業を検討している方にとって参考になれば幸いです。

第2回では、起業の準備やチームビルディング、起業してからの生活などについてお聞きしました(第1回はこちら)。

ファイブ株式会社 代表取締役CEO 菅野 圭介

2008年に Google Japan に新卒一期として入社。買収後のAdMob の日本オペレーションの立ち上げ、プロダクトマーケティングマネジャーとしてYouTube 広告製品等のマーケティング・収益化・映像クリエイティブエコシステムの拡大を担当。2014年に FIVE を設立。

登記から3ヶ月でトラクションを生む

——どのように仲間探しをしましたか?

菅野:僕はFIVE を始める前に別のスタートアップに3ヶ月くらい在籍してクラッシュ(解散)を経験しているのですが、そこの失敗経験はとても効いたなと思っています。大企業特有の頭でっかちだったりフワフワした気持ちが吹っ飛ばされたことで、大量の “Don’ts list” とともに、 スタートアップの現実を知ることができたなと。Co-founder / CTOの小西さんもGoogle 新卒入社で非常に尖ったエンジニアで、彼も知り合いのスタートアップを手伝ったりと興味があるタイプでした。

あと、Google 在籍時には、週末にHUB Tokyoに顔を出したりもしていました。実は、1号社員のクリエイターはHUB Tokyoで出会っています。「頼む、ロゴ作ってほしい」から始まり、いつの間にか社員になっているというよくあるやつです(笑)。

そこではいま動画の神というか教祖みたいになっているONE MEDIA の明石さんとお会いしてその後動画事業を立ち上げていったり、Viibar の上坂さんもYouTube の仕事をしているときにお会いして凄く良いスタートアップだなーと思った覚えがあります。今思うと、周辺に動画のマーケットに熱い想いを持っている人たちがいて、活躍していることはすごく刺激になっていたなと。

——立ち上がりまでの期間は?

菅野:プロトタイプを作ってトラクションを生むまでがおよそ3ヶ月くらいですね。10月くらいに最初のバージョンのアドサーバーとSDKの準備をして、そこから年内で受注して配信実績が出来ました。

前職のGoogleが最初の顧客で、予算をいくばくかいただいて、それをテコにあるメディアさんがトライアルに協力してくれてトラクションが生まれて、実際の成果を数字で見せられるようになって最初の資金調達につなげることができました。何も言わずに、最初に発注をくれたGoogle のマーケティングチームには本当に感謝しかありません。

一番最初にSDKを入れてくれたメディアが決まったとき、一緒にアポイントに同席していた小西さんと松本さんとハイタッチしたのを鮮明に覚えています(笑)。新宿でアポ終わって三人になった瞬間に、すごいダサいんですけどハイタッチ(笑)。僕らのようなB2Bのスタートアップの価値検証は、トラクションを生まないと話にならない部分があるので、創業してからだらだらプロトタイプづくりをしているとダレると思います。

起業にも金銭的・精神的な保険は必要

——起業当初の生活水準についてはいかがでしたか?

菅野:前職在職時のストックオプションや貯金があったので2〜3年は無収入でも大丈夫だと思っていました。最悪、テック業界には戻れるし、それは率直に精神的なセーフティネットになっていました。

結婚してすぐに会社を設立したので、実は僕にとっての最大の投資家は妻ですね。あと、会社作った年に子どもも出来て、ライフイベントのすべてが重なっちゃいました。

妻のご両親も無職の僕との結婚をよく許してくれたと思います。初めてご両親に会ったときに、妻がトイレで席を外した瞬間に、「貯金はいまいくらで、生命保険はこのくらいで、とりあえず2年間くらいは大丈夫だと思うんです」みたいな説明をササっとするという(笑)

給与はGoogle時代の6分の1、子どもも生まれるので妻の実家の近くに家賃を下げて引っ越して。ある意味家族ぐるみの体制ですね。「起業家結婚すべきか論」があると思うですけど、個人的には、メンタル面を考えるとスタートアップの起業家は結婚推奨派ですかね(笑)。

資金調達は慎重に検討すべき

——起業直後は投資家と会っていなかったのですか?

菅野:そうですね。Google にいたときも、スタートアップコミュニティとは当時少し距離感があったというか、なんとなく自分のコミュニティじゃない気がして。たぶん、すごくいい会社だったし、色々な大胆で面白いプロジェクトもあって、外の世界を見ずに完結できてしまう側面があったのかなと。

そういう状況で相場感を掴んでいないゆえ、最初期に経営陣持分をそれなりに出してしまったのは高い勉強代だったと、経営陣でもたまに振り返っていました。ただ、後押しをしてもらったのは間違いないし、くよくよしてもマーケットは待ってくれないので、前を向こうと。その後とても良いリードVCが入ってくれて、その後の資本政策面では安定しました。

スタートアップコミュニティの外から見ていると、はじめは誰が正しいか分からないから難しいですよね。資本政策の部分は慎重に検討していくことが大事。百万回くらい言われている話ですが、資本政策は不可逆なので、本当の意味で起業家側に立つ信頼できる人にアドバイスをもらう事は重要ですね。大企業から起業される方は特に。

FIVEの意思決定は「取締役3名で」

——創業メンバーのチームビルディングについては?

菅野:僕らの場合、明確に補完関係があって、最初から一人で経営している感覚はなく、いつでも3人で意思決定してきました。

FIVEの事業の場合はエンジニアリングとビジネスの歯車が噛み合ってはじめて価値が出せるので、すべて3人で意思決定していく体制にしたことで余計な回り道をせずにスピードが出せたと感じています。

VCに対しても、その点の説明について説得力はあったと思います。もちろんメチャメチャ濃い時間を過ごすので言い争ったりすることは毎日なんですけど、創業者3人の間で、信頼関係が崩れたことはなかったですね。

前職が同じだったからこそ、経営陣が同じ言語で仕事ができた

——良いチームが作れた要因は?

菅野:正直、最初の起業で選べるチームは、巡り合わせの部分が大きいと思います。たとえば僕らの場合、結果としては元々属していたGoogleで、新卒入社同士の共通価値観を持てていたということが大きいですよね。勉強会でたまたま会った人を口説いてスタートアップの仲間を探す、というのは現実としては一緒に働いていないわけだし信頼関係が構築されるとも思えないので難しいのかなと。

僕らはカルチャー面で同じ言語で一緒に仕事できているのは楽ですし、プロダクトに対する向き合い方など、お互いのコミュニケーションコストは低かったと思います。最初は補完関係がとても大切、ダイバーシティも要らないと思います。

また、Googleのグローバルオペレーションを見ていたのでスケールするプロダクトと組織イメージを持てていたのは良かったです。一方で、Googleで上手くいっていたことも、そのままスタートアップに持ち込むと合わなかったりするから、その辺の共通した感覚を持てました。

また、広告事業のモデルでいうと、本質的にはユーザー→メディア→広告主の順番で考えるべき、ということを学びました。広告主の期待だけに応えるプロダクトを作ると、中長期的には成長しづらい。広告に関してはユーザーがいてなんぼ、集まったユーザーの価値を広告主・顧客に届けるんだ、という考え方はすごく叩き込まれた感じがします。

社内の多くの事業に目を向けつつ、目の前の仕事をやりきる

——初めて起業する人に向けてのアドバイスは?

菅野:僕の場合は、もともとマーケティングや広告が好きだったのでGoogleに入ってやりたいことがやれて、起業時のマーケット選定や事業のきっかけにもなりました。

企業の中でたくさんの事業や部署があると思いますが、そこで行われているビジネスを学ぶことは起業の際にも価値があったりするので、何はなくともそこをやりきると良いのではないかと思います。凡庸ですが、後から振り返ると必ず何かの武器になると思いますね。

また、起業テーマや事業アイデアの見つけ方は、会社内のユニークな制度や取り組み等を汎用化する、というのも一つの手だと感じます。たとえば、Google にいたときに当たり前に回っていたOKRやピアボーナスの仕組みは、いまHRテックの分野でも事業機会になっていたりします。

一方で、大きな組織の中での仕事の進め方とスタートアップのそれは完全に異なります。スタートアップメンタリティを身につけるという意味でも、平行してどうにかしてスタートアップに携わったうえで創業したほうが初速は出ると思います。

市場が伸びていれば、転んでも大丈夫

市場が伸びていれば、転んでも大丈夫

——最後に、これから独立する方に向けて一言お願いします。

菅野:市場全体が伸びている分には、転んだとしても次のチャンスがあるので大丈夫です。我々はテクノロジー産業にいて、幸いにも教育も受けている。ダウンサイドリスクは限定的です。死なないです。

僕自身、大企業を飛び出して起業するということを過大に怖がってしまう気持ちも分かるつもりなのですが、人間慣れる生き物なので、3ヶ月くらいで「あれ?なんだか生きてるって感じするぞ」と。

あとは、普通にうまく行かない事や辛い事は多いので、本当に自分の情熱を傾けられる対象かを、「見栄」や「体裁」を外して問い直すべきかなと。辛い事も一回くらいなら問題解決できるのですが、手を変え品を変え、ずーっと問題解決の旅は続くので。没頭し続けられるテーマに巡り合う事も大切だと思います。

——菅野さん、ありがとうございました!