PRスタートアップであるPR Tableの創業や、Sansan、アペルザなど多くのスタートアップのPR支援/コネクタとしての活動し、BtoB/IT広報勉強会などもを主催されている、コネクタ/Eightエバンジェリストの日比谷 尚武さん。

今回は日比谷さんにインタビューを行い、スタートアップ創業期のPR活動の基本的な考え方を紐解いていきます。大手企業・事業会社からの起業を検討している方にとって参考になれば幸いです。

コネクタ/Eightエバンジェリスト 日比谷 尚武
学生時代より、フリーランスとしてWebサイト構築・ストリーミングイベント等の企画運営に携わる。その後、NTTグループにてICカード・電子マネー・システム開発等のプロジェクトに従事。2003年、株式会社KBMJに入社。取締役として、会社規模が10名から150名に成長する過程で、開発マネジメント・営業・企画・マネジメント全般を担う。2009年より、Sansanに参画し、マーケティング&広報機能の立ち上げに従事。並行して、OpenNetworkLabの3期生としても活動するなど、各種コミュニティ活動を行う。現在は、コネクタ/名刺総研所長/Eightエヴァンジェリストとして社外への情報発信を務める。並行して、マカイラ株式会社 コネクタ兼シニアコンサルタント、株式会社PRTable エバンジェリスト、公益社団法人日本パブリックリレーションズ協会 広報委員、一般社団法人 at Will Work 理事、Project30 エバンジェリスト、ロックバーの経営 なども務める。

PRの基本は「ステークホルダーとの関係構築」

創業期のスタートアップはどのようにPR活動を始めればいいのでしょうか。

日比谷:スタートアップのPR活動を考えていく上で、まずは根本的に「広報とはなんぞや」という話から入りたいと思います。

広報と聞くと、まず思いつくのはメディアに取り上げられる、プレスリリースを打つ、記者会見をする、といった方法論として捉えがちなのですが、広報の語源は「Public Relations」という言葉です。「Public=公共の」「Relations=関係」なので、「(世の中全般を見渡した上で、事業にとって必要な)ターゲットと良い関係を作る」というのが広義での広報の意味です。

経営者の方は、ユーザーや社員、株主など様々なステークホルダーとの関係構築力を自然に身につけていくものだと思います。広報活動についても同じ視点で、まずは「自分のステークホルダーは誰か」「ステークホルダーにどう動いて欲しいのか」「その前提を踏まえて、メディア経由の方がステークホルダーに働きかけやすい場合はメディアと関係づくりを行う」ということを考えていく必要があります。

最近ですと、コミュニティマーケティングや、インフルエンサーマーケティング、アンバサダーマーケティングなどの手法を取り入れる企業も増えています。あれも、コミュニティに所属する人達が自発的に自分たちを応援してもらえるように仕掛けたり、自分たちの代わりにインフルエンサーなど声の大きい方に代わりに届けてもらう、という意味合いにおいて広報の一環だと僕は思います。

そういう意味では広報活動をもっと広く捉えてほしい。

「どのメディアで伝えるか」ではなく「何を伝えるか」

―広報活動を広く捉えた上で、具体的にどのように活動すればよいのでしょう?

日比谷:もうちょっと戦術的な話をすると、こちらは情報を発信して人に動いてもらう時に、どういう順番で考えるべきか、ということを表している図です。

1番目、2番目は繰り返しになりますが「ターゲットは誰か」「そういう人たちにどういう風に動いて欲しいのか」ということです。

次に、3番目が「インサイト」。ターゲットの人が、そのテーマやサービス、会社に対して「現時点でどう考えているか」を把握し、4番目として「どう口説くか」。そして最後に出てくるのが「どう伝えるか」です。5番目として、直接伝えるべきなのか、メディア経由なのか、インフルエンサー経由で知って頂くのが良いのか、というテーマが出てきます。

図の水色の部分(1〜3)は見逃されがちで、つい表面的に見える部分である4〜5の「どこのメディアに」「何を伝えよう」に注意が向かってしまう。「資金調達をしたからTechCrunchに取り上げてもらおう」、「そろそろ日経に出たい」ではなく、その背景にある目的は何なのか、ということです。

次の資金調達に向けた投資家へのアピールなのか、採用へのアピールなのか、など、目的を持って考えるべきですね。この図にある順番で考えていく、ということが大切です。

「優れた広報担当者」は経営や事業目線で捉えられる人

―スタートアップで広報担当者を採用する際のポイントはありますか?

日比谷:経営目線や事業目線で物事を捉えられる方が良いと思います。成果を出すために、広報は色々な部門とバケツリレーを行うセクションなので、広報のスキルはあるけれど、事業そのものに興味がない、という方はスタートアップの広報にあまり向いてないかもしれません。

例えば、プロダクトを売ることが広報活動の目的だとすると、事業全体のファネルを見た上で、「リードを獲得してマーケティング部門にいかにパスするか」が重要ですし、採用が目的の場合は「採用プロセスが動いていくためにどういう点で広報が役に立てるか」という視点が大切です。

広報は事業のパイプラインから外れて独立して発信する社内の外部機関のようなものに感じるかもしれませんが、既存の業務のことを分かっていたり、社内の各部門とうまくすり合わせていかないといけません。ですので、できれば既存事業を理解している人を起用したり、広報と隣接する業務経験のある人を採用するのが良いと思います。

―広報担当者に必要な能力とはどういうものでしょうか?

日比谷:社内の理解、社外の理解、広報担当者としてのテクニカル。この三つが広報担当者に求められる知識です。

「社内」というのは会社のミッションや社長、サービス、事業部門をよく理解している、ということ。

「社外」とは、業界の市場感や競合環境、このメディアにはどのような記者の方がいるか、どんなワードが世の中にバズりそうか、といった外部環境の理解です。

最後のテクニカルというのは、リリースの書き方や記者会見の方法、SNSの作法など、広報担当者として求められるテクニカルな知識です。

最初から全ての能力を身につけている人を採用するのはなかなか難しいですが、社外やテクニカルな面は、外部のコンサルやツールを使いながら後付けでなんとかなりやすい。

一方で、外部のコンサルが社内理解を深めるのは難しいので、そういう意味では、社内のことをちゃんと分かっていれば、あるいは理解していくという意志があれば、後から残りの二つはついてくると思います。なので、特に初期のスタートアップでは、社長が広報に近いような業務をやっていることが多いですよね。

他社の派手な広報戦略に惑わされない

広報活動に力を入れるタイミングは?

日比谷:ユーザーのカスタマージャーニーを考えると、まずはゴールに近いターゲットからアプローチを広げていくのが基本です。まずは「商品を買いたい」という人から「商品を購入するか迷っている」「商品をなんとなく知っている」「商品を知らない」と少しずつ広げていく流れです。

穴が空いたコップに水を入れても水が溜まらないですよね。例えば、営業の体制が揃ってないのに無理な営業活動をしても無駄であるということと同様で、法人向けのサービスを運営している場合については、広報活動を強化する前に、まずはプロダクトのクオリティが高いというのが大事ですね。そこができたら、ホームページをしっかり作り直したり、インサイドセールスの体制を作ったり、そこから沢山問い合わせを受け付けるための広報活動になっていく、というのが基本です。

イレギュラーな例としては、プロダクトの信頼感を出すために日経新聞に取り上げてもらうとか、採用候補者へのアピールとしてピッチ大会に出て優勝する、など、クロージングの武器になるようなものを戦略的に一部取り入れてもいいのかも、とは思いますね。あとは、シェアリングエコノミーやモビリティ系など、世の中の法律面や規制が関わってくる分野についてはステークホルダーとの関係性を初期から意識することは重要ですよね。

一方で、コンシューマー向けのサービスであれば、喉が渇いたから冷たいものを飲みたくて水を買う、みたいな衝動的な行動もあるので、CASHさんなどのように最初からゲリラ的に広報活動を行っていく、というアプローチも悪くないと思います。

ただ、事業の目線では、そういった切り口で継続的にリード獲得や認知を取り続けていく、ということは難しいかもしれません。Sansanも初期の頃はサイボウズやセールスフォースとの提携、といったリリースを出して反響を見ながらプロダクト開発をしていたこともあったので、アドバルーン(テストマーケティング)のような意味合いかもしれませんね。他社を見て「うちも派手な広報戦略をしなければいけない」と惑わされてはいけません(笑)

起業家自身が会社のスポークスパーソンになる

メディア側から見て取り上げたくなるような創業期のスタートアップの特徴は?

日比谷:図にある通りで、大前提としてポイントが2つあります。1つは、ぽっと出のどこの人かわからないような人が「上場します!世の中を変えます!」と言っても「大丈夫か?」となってしまうので、「その人はどれだけ信頼できるのか」という安心材料が必要です。

特に創業期でいえば、起業家自身のキャリアのバックグラウンドや、著名な経営者や投資家からの出資、受賞実績や信用力のある顧問などのファクトですね。細かいですが、会社概要にしっかり創業者の経歴を載せていく、などは大切です。僕は「信頼のバッチ」と読んでいますが、いかに「信頼される」ための要素を用意しておくか、ということです。

もう1つは「応援したくなるかどうか」という点で、前者よりもう少し定性的な、起業家の原体験や社会的な意義、市場の動向に対しての課題意識などです。自分がチャレンジしてる市場や業界のことをしっかり語れるようにしておき、メディアや外部それぞれに合わせた形で説明できることが大事ですね。それと創業者自身の可愛げというか愛嬌みたいな部分(笑)。

Sansanの寺田さんは「俺は時代が違えば戦国武将になっていた」と素で話せるタイプなのでメディアの方からも「話を聞いてみたい」とウケが良いんですよね。これらを、事業内容とセットで「ストーリー」として語れるようにしておきたいです。

上記が整っている上で、メディア戦略のオススメは?

日比谷:1つはスポークスパーソン。人を立てるとメディアからの耳目を集めやすくなります。

Web サービスだと、テレビで取材する時にテレビに映せるものがないんですよね。そういう意味では、まず「人を立てる」というのが大事で、経営者や事業責任者、ユーザーなどになります。

ただ、特に創業期はユーザーにスポークスパーソンになってもらうのも難しいと思うので、「創業者自分を通してサービスをどう知ってもらうのか」がポイントになると思います。自分をプロデュースすることに苦手意識がある方もいると思いますが、それが一番の武器になります。

関連して、「ソートリーダーシップ」という考え方があります。

スポークスパーソンが、業界の動向や変遷、業界の今後のビジョンを発信し続けると、「この業界の話はこの人に聞こう」という形でメディアやカンファレンス等から声が掛かってきます。

例えば、マネーフォワードさんがうまいと思います。経営面については代表の辻さんがスポークスパーソンとなりつつ、「Fintech研究所」では取締役/Fintech研究所長の瀧さんがスポークスパーソンとして、行政や自治体、官公庁、業界団体などの方々に対して、Fintech分野について情報発信をしていますよね。会社の人数が増えてくると、会社のビジョンは社長、技術はCTO、など分野ごとにスポークスパーソンの役割分担ができるようになっていきますね。

外部のPR会社の力はどう借りる?

外部のPRコンサルティング会社の選び方については?

日比谷:まず、PR会社は、大手代理店系、独立系に加え、そういった大手から独立した5-10人くらいのブティック型、そして個人型の大きく4種類に分けられます。コスト面で見ると組織型の方が高く、個人に向かうほど安くなっていくことが多いですが、一方で、個人型の会社ほど仕事が忙しくなりがちですし、得意領域に偏りが出る傾向があります。

ですので、創業期のスタートアップにとっては、社内理解のある担当者(あるいは創業者)が実務をやりながら、自社の事業領域に近い専門性やメディアリレーションを持った個人〜ブティック型PR会社の方にスキルやメディアリレーションの面で家庭教師的に伴走して頂くのが比較的合うかもしれません。

もし、自社の事業とマッチするPR会社が判断できずに困っている起業家の方がいたら、マッチングのお手伝いをしたいと思っていますのでぜひご連絡ください。

最後に、メッセージをお願いします。

日比谷:最近は、パブリックセクターとスタートアップのコラボレーションに注目しています。

これから事業を立ち上げる、という起業家の方は「国や地域の課題、目指している方向性や課題感」「パブリックセクターの中で、誰がスタートアップをサポートしているのか」を知ることで次のビジネスチャンスが発見できるのではと思っています。

ですので、今後は2者間のマッチングに力を入れていきたいと思っていますし、エンジェル出資を通じたスタートアップの支援も始めているのでこちらもご相談をお待ちしています。

—日比谷さん、ありがとうございました!

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