今回お話を伺った、株式会社Loco Partners社長の篠塚孝哉さんが起業したのは東日本大震災のあと。「とにかく地域のためになることを、自分でやりたい」という地域への強い思いが原動力となって創業された同社は、一流ホテル・旅館の宿泊予約サービス「Relux」を運営し、急成長を続けています。今回は篠塚さんのリクルート時代から、起業までの道のり、そして起業家としての心構えについてお話を伺いました。

株式会社Loco Partners 社長(最高執行責任者) 篠塚 孝哉 氏
1984年生まれ。東洋大学経済学部卒業、東京大学EMP修了。 2007年に株式会社リクルートに新卒入社、旅行カンパニーに配属。2011年9月(当時27歳)に株式会社Loco Partnersを創業し、代表取締役に就任。2013年3月、宿泊予約サービス「Relux」をローンチさせる。趣味は旅行、ランニング、ギター、ワインなど。著書:整理の習慣(かんき出版)、メディア出演歴:日本経済新聞、産経新聞、テレビ東京、フジテレビなど。

震災を機に起業。とにかく地域のためになることを

―リクルート時代はどのようなお仕事をされていたのでしょうか。

篠塚:リクルートの旅行カンパニーに配属され、じゃらんの営業部にいました。最初はドブ板営業で全国各地の民宿や小さい旅館を回っていて、2年目からは不動産系のチェーンホテルや都内のシティホテルといった大手企業を担当しました。担当が「じゃらんnet」だったので、インターネット上での販促サポートやマーケティングの支援も行っていましたね。

―リクルートをファーストキャリアに選ばれた理由を教えてください。

篠塚:起業を視野にいれて、では全くなかったです。2007年の入社当時は紙とネットのちょうど転換期で、みんなホットペッパーを見て飲食店を探したり、フロムエーでアルバイトを探したりしていました。そうした「情報」を牛耳っていたリクルートに漠然と関心を持っていたんです。

―震災後に起業を決意されたそうですが、どういった心境の変化があったのでしょう。

篠塚:震災の影響で、リクルート時代、お世話になった宿泊施設の皆さんの中にも、経営が立ち行かなくなってしまった人たちも多くて。なんとか自分でサポートしたいな、と思ったんですよね。それでノープラン・資本金200万円でとりあえず起業したんです。

とにかく地域のためになることを自分でやりたいという想いで、Loco Partnersを立ち上げました。地域の支援になれば、ということで当初は旅行業以外も手掛けました。多少の失敗はありながらも、創業初期から売上、利益を出していましたね。

―当初はどんなことをされていたのですか。

篠塚:SNSのコンサルティングサービスやマーケティング支援をやっていました。当時はFacebookが実名SNSだから流行らない、と言われているような時期だったのですが、アメリカでの流行やプロダクトの品質の高さを見て、日本でも「Facebookは絶対に来る」と確信していました。そこで、いち早くFacebook運用を開始するほか、Twitterなど他SNSにも注力しました。SNSのマーケティング会社の走りだったと思います。まだ3期が終わった頃で、30人くらいの規模の会社でした。

―自社プロダクトをやろうと思いたった理由を教えてください。

篠塚:(マーケティング支援だと)結局、個別の最適解にしかならないなと思ったんです。マーケティング支援を行ったその宿泊施設は良くなるけど、地域全体として良くはならない。新しい需要を創造している感じは薄かったんですよ。それで、よりインパクトのあるプロダクトを作りたいと思いました。Reluxを考え始めたのは、起業から2年目くらいからです。2011年9月に起業、翌年の9月からReluxの開発を始めて、2013年の3月にローンチしました。

「経営」は動的なシステムをどうデザインするかが重要

―Reluxはどのようにスタートしたのでしょうか。

篠塚:旅行業をやっていると、どの宿泊施設がオススメなのか、友達が聞いてくるんですよ。「彼女と記念日に行くんだけどオススメはない?」とか。そういう時に、予算とか、海と山どっちがいい、とかいくつかヒアリングをした上で、3つの宿泊施設を提案するとほぼ確実に3案のどれかに決まっていました。

つまり、大きいポータルサイトを見ても、ユーザーは選択肢が多すぎてうまく宿泊施設を選ぶことができていなかったんです。年数回くらいしか旅行しない人たちだと、選択肢のノイズが多すぎてスムーズにアクションが取れない。そこで、「信頼できる専門家として、最小限に厳選した宿泊施設の情報を提供する」というサービスを始めました。

―初期の段階で、当初の仮説とは違ったこと、予想外だったことはありましたか。

篠塚:まず予約が全然入らなかったのは予想外でした。自分達は最初に20件の宿泊施設から始めたのですが、人気の宿泊施設だし売れるだろうと思っていました。だけど半年経つまで予約はほぼ入りませんでしたね。オーバーブッキングが絶対起こらないようにと思って、絞りながらはじめたんですけど、そもそも入らないという(笑)。

―それはどのような原因だったのでしょうか? 

篠塚:例えば、ユーザーが群馬へ行こうと思って、日付や条件を入れて検索をかけるじゃないですか。そうすると宿泊施設が少なすぎて、検索結果が数件のみだったんです。それでやはりまずは宿泊施設の開拓を進めようというステップになったんです。

並行して、プロダクトの改修も必要で、宿泊施設の開拓と二足のわらじで続けていました。それでやっと1年経ったころに予約がちょこちょこ入るようになっていきました。改善を早く回すことは大事だと思います。

―その他にプロダクト開発で重要だと考えることはありますか。

篠塚:最近思うのは、みんな短期的な成長率に注目しすぎているなということです。急に上がるものは、急に下がるってことを理解しておく必要があります。短期の成長率のために長期的な価値をないがしろにしてしまってはいけません。また、失敗事例をよく分析していない人も多いですよね。短期成長をした会社ばかりを参考にして、結果的にサービスが1, 2年伸びたけど、その後沈むケースが多いと感じています。

スタートアップに短期の微分係数(成長角度)は当然重要なんですが、長期の積分値(面積)の方が起業家としては重視すべきで、社会にとって長く価値がないとだめですよね。しっかりした会社は積分の積み上げ(長期的な価値を上げること)をじわじわやっていると思います。

ラクスルはその代表例で、うちもどっちかと言えばそちら側になりたいと考えています。「経営」って長く続く動的なシステムをどうデザインするか、そのほうが重要です。短期的に流行って終わり、というのは経営でもなんでもないと思います。

トップ1%ではなく、トップ10%になれる才能を武器に、起業する

―立ち上げ時のチーム探しはどうされたのでしょうか。

篠塚:コネクションはリクルートが中心でした。なので、リクルートで宿泊施設の営業ができる人を探してきました。一緒に仕事をしたことがあって、かつ信頼できる人たちを引っ張ってきたという感じです。2011年に一人で始めて、1年後に塩川(現:取締役)や門奈(現:中国支社長)やエンジニアメンバーが入るまでは、ずっと一人だったんです。妥協して採用はしたくありませんでした。

―当時から、大きい会社を作っていこうと考えていましたか。

篠塚:実は全くありません。私はビジョンが小さいほうなんです。地域を元気にしたい、ただそれだけでした。でもビジョンも、会社の成長とともにどんどん大きくなっていった、という感じですね。私のキャラクターなのかもしれません。

前提として、私はある分野においてトップにはなれないんです。トップ1%になれた試しがない。ただ、ほとんど何でも工夫すればトップの10%には入ることができます。スポーツでも勉強でもなんでも。上位10%から20%の間に収まることができるんです。それでなんとかなるだろうと思いながらリクルートに入社したら、周りがすごく優秀で。例えば、これまではサッカーで全国大会出場なんてすごいね、と言われていたんですが、同期はいろいろな分野で日本代表だったり、音楽でメジャーデビューしていたり(笑)。

その時、人生で初めてビリになると思いました。それで何が差だろうと考えた時に「これは人生の努力の総量が異なるからだ」と思い、それで半年間死ぬ気でやってみたら意外と上位10%に入っちゃったんです。どのコミュニティでもトップ10%には絶対入れる、そのハックする能力・適合する能力・井の中の蛙になる能力があるな、と思って起業しました。志も低いし、とてもダサいですよね(笑)。

ただ、会社の成長とともにビジョンもどんどん大きくなっています。トップ10%になれる能力を活かして、今はアジアのスタートアップの中でトップ10%のボリュームに入ったらいいなと思っています。だから最近は「グローバル」がビジョンです。アジアのトップ10%に入れば、日本のトップ1%に入れるんじゃないかと思っています。

社会人経験で得た「学問」と「能力」の違い

―起業に活きた、社会人の頃の経験はありましたか。

篠塚:現場でずっと泥臭く営業をやってきたことは活きていると思います。交渉能力全般、チームでプロジェクト運用する能力ですね。

社内でもよく共有していることで、この場でもお伝えしたいのが「学問」と「能力」の違いです。「学問」はひたすらインプットしていればいいのですが、「能力」はアウトプットするということです。例えば、サッカーのボールを上手く蹴れるようになるには蹴りまくらなければならない。なのに、図書館にこもってボールを蹴る勉強だけをする人って、意外と多いんです。ビジネスは「能力」の世界で、「学問」は少しで十分です。場に出て、ひたすらボールを蹴る、野球であればボールを投げることをやらなきゃいけない。この「学問」と「能力」の差を認識しないと、能力開発はできません。

リクルートでは、そういった能力開発を自然にやることができたと思っています。現場で毎日徹底的に交渉をして、どうやって相手から課題を特定するか、どう提案すれば相手に刺さるか。プロジェクトをゴールまで円滑に運ぶ能力、起業に必要な基礎能力が身に付いたと思っています。

―逆に起業して新たに足りていないと感じた部分は?

篠塚:たくさんあります。むしろ、起業した段階で「能力」が足りていることはどんなスーパーマンでもありえない。だけど、みんなそれを起業前に「学問」で補おうするんですよね。「起業前に学ばなければいけないことがある」みたいに錯覚してしまう。簿記のスキルだとか、ファイナンスの知識だとか、プロジェクトの進め方などを学ぼうとしたら10年かかっても起業できる「能力」には到達し得ないと思います。

起業後にできないことがあるのは当たり前で、それぞれの分野を自分で学習していけば良いだけだと思います。私の場合は「売掛金」「買掛金」すら知らない状態で起業しましたが、全て自分で手を動かしながら学んで行ったので、今では経理も財務もマーケティングも一通りできるようになりましたね。

―起業のベストタイミングは?

篠塚:起業は誰かに促されて始めるのはおかしいと思います。「自分が始めたい」という必然性のあるタイミングがベストであって、大学生でも起業したいと思うのであれば起業すれば良いし、そうでなければすべきではないですよね。

「or」ではなく、「and」ができる工夫こそイノベーションには重要

―起業の中でやってよかったことはありますか。

篠塚:受託をやっていて良かったと思っています。冷静にマーケットを見ると、受託をやっている会社は成功しているところが多いんです。特に、私が起業したときは今のようにファンドも多くないしサイズも大きくない状況で、資金調達をする方法がほとんどありませんでした。

最初から資金調達ができる会社だったら受託をやる必要はないと思うのですが、アイディアがないのによくわからないプロダクトを作るくらいなら、まずは会社を経営するということをゲームと見立てて、コンサルティングでも受託でもいいから、まずお金を稼ぐことをトレーニング的にやるといいんじゃないかなと思います。若い起業家は特に、ですね。

―起業で意識した考え方はありますか。

篠塚:例えば、人が先か事業が先かという議論になった時、「or」の思考はやめたほうがいいと思います。ビジョナリーカンパニーの一説のままですが、絶対に「and思考」がいい。「or」の抑圧ではなく、「and」ができる工夫こそがイノベーションには大切です。人も事業も、両方取れるケースを考えるだけなんです。

起業は様々な変数が複雑に絡み合っている副次方程式みたいなものなので、それをどう因数分解して順番を決めるかが重要です。この型をすれば成功するとかではなくて、意思決定はその時のシチュエーションによって様変わりします。なので、私なりにやってきた方法論はもちろんありますが、若い起業家に一番伝えたいのは、絶対成功する打ち手を「or」で探すのではなく、「and」の発想ですべて取り組んでいくのが大事ということですね。

それから、プロダクトのローンチは粗くてもいいから超高速の方がいいと思います。机上の中で品質を上げていくことには意味がなくて、世に問うことを先にしてしまって、そこからの改善をし続けることですね。

最後におさらいすると、

【1】「学問」と「能力」の違い

【2】必然性が生まれた時に起業するのがベストであって、それ以外はない

【3】(経営は)中長期の資産を積み重ねるべきで、積分値が大事になってくる

このあたりが読者さんに伝われば、嬉しいですね。

—本日はありがとうございました!

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